国立大学法人岩手大学 創立80周年記念サイト

株式会社みちのくあかね会 執行常務

渡辺 未央さん

教育学部 卒業

渡辺 未央さん
Q1
はじめに、進学先として岩手大学を選ばれた理由を教えてください。
 私は花巻市の高校に通っていました。進学先については、親も「どこでもいいよ」と言っていたし、私自身も県外で暮らしてみたいと考えたこともありました。しかし、大学入試センター試験の結果が思うように伸びず、進路の選択肢が限られてしまいました。そんなとき、高校の先生から「岩手大学教育学部の特設美術科はどうか」と勧められたんです。私はもともと美術の授業が大好きだったので、その言葉をきっかけに受験を決意し、デッサンなどの実技試験に向けて取り組み、なんとか合格することができました。
Q2
専攻を染織にしたきっかけは何だったのでしょうか。
 特設美術科では、1年半かけて絵画や彫刻、デザインなど幅広い基礎を学び、2年後期に専攻を決めます。当時は13ほどの研究室があったと思いますが、私は「絵やデザインを専門にしたいわけではないけれど、色彩はとても好きだな」という気持ちが強くありました。また、染織は厳しい先生が担当されていることを知っていたので、しっかり責任感をもって、学ぶことができると考えて選びました。
 染織にはさまざまな技法がありますが、私はその中でも、織りの手前にある「フェルト」に魅力を感じ、取り組むようになりました。先輩が大きなフェルトのタペストリーを制作していて、その手伝いをするなかで、私も大きな作品に挑戦したいと思うようになりました。
羊毛を染め、複数の色を混ぜて好きな色をつくる。そこから羊毛を重ね、石鹸とお湯で踏んだり転がしたりしながら縮ませていきます。大きいものになるとブルーシートでプールをつくって、後輩2~3人にも頼んで、一緒に長靴で踏みながら作業していたことを思い出します。最近流行しているニードルフェルトではなく、ウェットフェルトという種類です。
 設備は美術大学ほど整っていたわけではありませんが、先輩に教えてもらい、みんなで工夫しながら作業した時間は、とても充実していました。さまざまな作品に取り組んでいる人がいて楽しい日々でした。
そして、染めた羊毛を混ぜることによって得られる色彩での表現手法に出会えたことは、今振り返っても本当によかったと感じています。
専攻を染織にしたきっかけは何だったのでしょうか。
Q3
学生時代の思い出のなかで特に印象に残っていることはどんなことですか。また、その経験が現在のお仕事に活きていると感じることはありますか。
 やはり、染織の思い出と言えば、齋藤式子先生の存在が大きいと思います。式子先生にはたくさんのことを学びました。毎年開催する染織科展では、在学生だけでなく卒業生の作品も並びます。まずは学生が作品を仮配置するのですが、式子先生がそれを大きく入れ替えることもありました。あるとき、作品を上下逆にするよう指示され、そのとおりにすると、その作品(加える「と会場全体」)の見え方が、ぐっと良くなったことがあり、印象に残っています。もちろん式子先生の確かな目にも感動しましたが、「こうでなければならない」という概念をひっくり返すような、完成したと思われるものを変えることを恐れない姿勢に強く影響を受けました。現在の仕事でも展示場や売り場に商品を並べる際には、私も全体が良くなるように配置を大幅に変えることもあります。
 式子先生はアパレル方面のお仕事もしていらっしゃったので、その分野でのお仕事のお話もとても興味深かったです。手がけていらした映画の衣装についてのお話をワクワクしながら聞いていたことを思い出します。
振り返ると、学生時代は大変貴重な時間と居場所を与えてもらっていたと感じます。先生たちは心の深い人たちばかりでした。学生たちは何もわからないし、とんでもないことを言ったり、やったりしていたと思います。それでも、先生たちは私たちを馬鹿にすることもなく、優しく、大きく受け止めてくれていました。大学時代は、「私」が固まるまでの猶予をもらっていたのだと、改めて感じています。自分自身の芯になるものがわかるまで、守ってもらっていたという感覚でしょうか。
 卒業後の仕事は、学生時代の取り組みとは別物でした。利益を生み出さないといけない仕事というのは、やはり性質が違います。それでも大学で過ごした時間は、私にとって働くことの準備をする時間でしたし、私のなかでさまざまなものが育まれていたと感じます。「役に立った」というのはチープな言い方かも知れませんが、学生時代の経験は、かけがえのないものとなって私の中にあります。
Q4
ホームスパンの魅力を全国へ発信するうえで大切にしている視点や考え方はありますか。どんなことでしょうか。
 私は、みちのくあかね会に入社した当初は織りの担当で、大学でやっていたこととはまったく違う世界でした。作品と商品は違います。商品には「品質として成立すること」が求められることを強く実感しました。
 盛岡にはホームスパンを受け継ぐ工房が複数あり、羊毛から紡いで織ってという同じ技法を継承する仲間がいることは心強く、地域の大きな財産だと感じています。
 そして、みちのくあかね会には、盛岡の女性たちが力を合わせて立ち上げた長い歴史があります。ここで働き、技術を積み重ね、歴史を紡いできた女性たちへの尊敬は尽きません。当時の仕事量は膨大で、そのことにも圧倒されますし、昔つくられたものを見ても「すばらしい」と思う技術ばかりです。岩手・盛岡の人たちには手仕事に対する特性があるのかなと思うことがあります。途切れることなく続けてきたことが、県外など岩手から遠いところにいる人にも喜ばれる理由の一つです。手仕事の技術の積み重ねを損なわず未来へつないでいくことを意識しています。
 販売で全国を回ると、ホームスパンの受け止め方は地域によって異なります。ホームスパンの良さは見た目だけではわかりません。使ってみて、身に付けてみて、実感する人が多いように感じます。ただ、ホームスパンそのものが受けない土地もあるんですね。逆に「これはすごく良いものですね」と説明抜きに一瞬でわかる人が多くいる地域もあります。東京には良いものを知っている人が多く、また布ものの歴史がある地域では織物への理解が深く、より工夫のある織物が好まれるなど、反応の違いはとても興味深いです。その土地の特徴を考えながら広げていく努力をしています。
 長い間、染めの仕事をやっていた、すでに引退している、おばあちゃんの「仕事に教えられる」という言葉が、よく頭をよぎります。80歳過ぎまで働いた女性たちは、どんなに絡まった糸も決して無駄にせず、ちゃんとほどいて使うのです。素材を大切に扱う、物を大切にする暮らし方を学びました。そして、時代が変わっても同じ価値観を持つ人は必ずいるのだと実感しています。それが手仕事というものが今でも残り、人々に求められる理由なのかもしれません。
Q5
創立80周年記念募金事業の返礼品として寄附者へお贈りしているロングマフラーについて、その魅力を教えてください。
 ホームスパンならではの軽さと温かさは、どなたにも自信をもっておすすめできます。使っていただくと、その良さがすぐに実感できると思います。
 全て盛岡の人々の手で作られているということも魅力です。染め、糸紡ぎ、織り、仕上げまで、すべての工程がみちのくあかね会のなかで行われています。長い歴史のなかで培われた専門性の高い技術が込められた一枚として、その背景も感じながら楽しんでいただけたら嬉しいです。
Q6
80周年を迎える岩手大学、そして学生へ、メッセージをお願いします。
 岩手大学は緑豊かで広々した環境のなかで過ごせる貴重な場所です。ゆっくりとした時間と広い空間を使って、自分自身を育てていくことができると思います。
 それが将来にどのように結びついてくるか、今はわからないかもしれません。しかし、その経験はきっと自分自身を支える大切な「礎」になるはずです。
80周年を迎える岩手大学、そして学生へ、メッセージをお願いします。

2026年2月19日(木)みちのくあかね会(盛岡市)にて収録