国立大学法人岩手大学 創立80周年記念サイト

株式会社松沢漆工房 代表取締役社長

松沢 卓生さん

1995年 人文社会科学部卒業

松沢 卓生さん
Q1
はじめに、松沢さんが岩手大学に進学された理由を教えてください
私は盛岡市生まれですが、小学校から高校までは滝沢市に住んでいました。滝沢の家の近くには岩手大学の演習林があり、通っていた小学校では岩手大学吹奏楽部の演奏会があるなど、岩手大学を身近に感じる環境がありました。また、私は盛岡第三高等学校の出身なのですが、同じ高校から岩手大学へ進む学生が多かったです。ずっと馴染みがあり、大学の雰囲気も気に入っていたので岩手大学を選びました。
Q2
心に残っている大学時代の思い出があれば教えてください
友人と遊びに行ったり、勉強をしたりして過ごした時間が良い思い出です。その頃の友人とは今でも連絡をとっています。それから私は読書が好きなので、その頃は図書館に入り浸っていました。新しく建て替える前の図書館です。講義の後は必ず図書館に行って本を読んだり勉強をしたりしながら夜遅くまで過ごしました。そんな時間も思い出深いです。
Q3
松沢さんは本学の人文社会科学部を卒業後、岩手県庁に就職され、その後、漆の会社を創業されました。漆業界に飛び込んだきっかけやその思いについて教えてください
県職員の頃は、税務や廃棄物など様々な業務を担当しました。その頃は部署を異動しながら新しい業務を担当するのは自分に合っていると感じていて、定年退職するまで公務員を続けるだろうと思っていました。
そのうちに岩手の二戸地方振興局林務部に配属になりました。林業一筋の人がほとんどの部署で、行政職は私だけという環境です。岩手県は漆も木炭も全国第一位の生産量を誇り、その現場は県北に集中しています。そんな県北に異動になり、「特用林産物」と呼ばれる漆や木炭、キノコ類など森林から得られる特産物の担当になりました。それが私の漆との出会いです。
4年間、漆の振興を担当し、原料の採集、漆器の製造、文化財の修理、人間国宝等のアーティストといった漆に関する幅広い分野に関係をつくることができました。私は漆と出会い、その魅力にのめり込んでいきました。漆を担当する公務員というのは全国的にとても珍しい存在です。漆の世界では、漆を採る人、漆器を作る人、文化財の修理をする人というように細かく分業化されているのですが、そのすべてを俯瞰する人はほとんどいません。私はそういうポジションにいたので、様々な人と出会い、ネットワークをつくることができました。
しかし、公務員ですから必ず異動があります。漆を担当して約3年が経った頃から「せっかくできたネットワークなのにもったいないな」という気持ちが湧いてきました。漆は様々な分野に関わるところが大きな魅力の一つです。公務員と似ているところでもあるかもしれません。自分の経験をうまく活かすことができればとも思いました。
また、これまでの漆の使い方を改善したいという思いもありました。当時、岩手県内では手頃な漆器だけが作られ、残りの漆は原材料として漆塗りが有名な石川県や京都府などへ出すだけという状況でした。県外や海外から視察に訪れた人が「岩手ではこんなに良質な漆が採れるのに、なぜ大きな産業になっていないのか」と問われることが何度もあったのです。もともと漆の産地は日本全国にありましたが、漆を採る「漆掻き」はとても大変な作業なうえに、それだけでは生活ができないからと、多くの地域では廃業したり別の業種に転換したりするなかで、岩手県には残りました。他地域は漆を使った工芸品や高価な作品を販売しているのですが、岩手県は手頃な値段の漆器だけで地道にやってきています。こうした謙虚さが好まれるという面もあると思いますが、他地域が岩手県産の漆を使って産業を盛り上げているなか、原産地で付加価値を付けないまま外へ出してしまうのはもったいない、日本一の産地という強みを活かしてもっとすごいものを作ることもできると強く感じます。まだまだ可能性のある岩手県の漆を盛り上げていきたいと決意して、最終的に起業する決断をしました。
Q4
松沢さんは、漆の精製や漆製品のプロデュースのみならず、講演活動や海外展示会への参加など国産漆の普及に向けた様々な活動に取り組んでいらっしゃいます。現在のお仕事のおもしろさや、やりがいについてお聞かせください。また、現在のお仕事に岩手大学で学んだことは活きていると感じますか。どんなことが活きているでしょうか
若い人たちに漆の魅力や可能性を伝えるために講演活動に取り組んでいます。大学などでも話していますが、事前にアンケートを実施すると漆について全く知らない人がほとんどです。講義後に感想を記入してもらうと「漆について勉強になった」と熱心に書いてくれる学生がたくさんいます。小学校や中学校で学ぶ機会があるといいのですが、今はそうなっていません。岩手県の特色であり、ここでしか学べないことなのに何も知らないというのは悲しいことです。自分が住んでいる地域の強みを知っておくことは大事なので、これからも若い人へ伝える活動を続けていきます。
漆はアジア特有の資源なので、特にヨーロッパの人たちは高い関心を持っています。約300年前のヨーロッパでは「japan」という単語が漆器全般を指す言葉として使われていたほどです。日本では「お正月に使う高価なもの」というステレオタイプなイメージを抱かれがちですが、海外の人たちにはそうしたイメージはないので、漆の艶や細かい装飾を他にはない素晴らしいものであると率直に感じてくれます。
このように、この地域ならではの漆を広く発信することが私のやりがいです。現在は海外での認知度を高めることに力を入れています。やらなければいけないことはたくさんありますが、一つ一つ取り組んでいきたいと思っています。
私は人文社会科学部(以下、人社)卒業です。人社では様々な分野を扱うという特徴があります。私も一般教養の課程を終えた後も多様な分野を横断的に学びました。今でも特定の分野に限定せず、いろんなことに関心を持ち続けられているのは、岩手大学での経験があるからだと感じます。漆の木の育成は農学系ですし、塗料という素材は工学系です。そして、漆には文学的なところもあります。幅広いジャンルとの接点をもつ漆を通して私の世界は広がっていきました。皆さんも漆をより広い視野で捉えていただけると嬉しいです。
松沢さんは、漆の精製や漆製品のプロデュースのみならず、講演活動や海外展示会への参加など国産漆の普及に向けた様々な活動に取り組んでいらっしゃいます。現在のお仕事のおもしろさや、やりがいについてお聞かせください。また、現在のお仕事に岩手大学で学んだことは活きていると感じますか。どんなことが活きているでしょうか

松沢 卓生さん

Q5
今回、特典として寄附者へお渡しする二種類の漆器について、ご紹介をお願いします
今回のペア箸とお猪口は、どちらも岩手県産の漆を使用しています。現在では漆を使用している食器自体が珍しくなっていますが、さらに珍しい岩手県で採れた漆を使用した漆器です。螺鈿や蒔絵など繊細な装飾が施してあるものはお正月など特別な日に使用することが多いですが、今回のような漆で塗っただけのシンプルなお箸やお猪口は毎日の食事や晩酌にお使いいただけます。特別なお手入れは不要で、いつも使っている食器用洗剤で洗って問題ありません。漆器は適度な湿度があった方がいいので、ぜひ日常で使ってください。長く使って色あせてきたら塗りなおすこともできます。愛着をもって普段使いしていただけると嬉しいです。
Q6
最後に2029年に創立80周年を迎える岩手大学へメッセージをお願いいたします
創立80周年とは記念すべき時を迎えられたと思います。岩手大学には、ぜひ岩手大学らしい、とくに岩手県でしかできないようなテーマに取り組んでほしいです。80周年に留まらず、100周年、そしてその先の未来でもその分野で存在感がある大学になってほしいと思います。全国のみならず世界からも注目されるような大学になれるよう応援しています。

2024年8月21日(水)、岩手大学上田キャンパスにて収録